コラム

心の診察室の一こま

船戸崇史
私たちは、自分の願いのとおりに何時も生きているかというと、なかなかそうでもないようです。頭で分かっていても、実際には出来ない事も多いのではないでしょうか。

今日は、診療の中から、Aさんとの心の診療室の一こまを御紹介いたしましょうね。
Aさんは自殺念慮のある、30歳代の女性です。

A:「・・・私、死にたいんです。・・・」
私:「・・・どうしたんですか?」

Aさんは、伏し目がちに私の前に座られ、メモ帳を持って小さな声で、自分の心の動きを忠実に読み上げながら話されました。如何に自分が駄目な人間か、生きる価値がない人間かをポツリポツリと話し始めました。その間、私はコクリコクリと頷きながら、お話を伺いました。

A:「私の中には、2人の私がいるんです。自分の前にある壁を乗り越えなきゃいけないのに、乗り越えず、逃げようとしてるんです。そんな人間は絶対駄目な人間です。ちゃんとやらなきゃ。」

私:「壁って、どういうものですか?」

A:「・・・、私の年なら仕事をして、家庭を持ってちゃんとしているのが本当でしょ。親のすねなんてかじらないで、自分で生活できるのが普通じゃないですか?・・・でも、ほんとうの私はそれがいやなんです。本当の自分はもっとゆっくりしたいし、のんびりしたいんですよ。でも、それはいけませんよね。乗り越えなきゃ。皆はやってるんだし・・・。こんな私はいないほうがいいんです。絶対家族にとっても迷惑なんですから・・・」

私:「・・・、なるほど。自分の前の壁を乗り越えたいんだね?でも、本当の自分は休みたいんだから、少し休んだらいいんじゃないんですか?親のすねかじったっていいじゃないの。」

A:「駄目ですよ!!絶対。そんなのは、そんなのは駄目な人間なんです!大人なんだから、ちゃんとしなきゃ!」

私:「・・・でもあなた、その『駄目!』というのがのが、あなたの壁で、乗り越えるのは、今の『駄目!』って、言ってる自分を乗り越えたいんじゃないかな?乗り越えるというのは、『我慢する事』とは違うと思うんだけどな・・・」

A:「??エッ?」

私:「じゃあ聞くけど、・・・、あなたが言う壁って何だろう。もう一度考えてみようか?
壁ってね、ほら普通は一番苦手なものだとか、一番嫌いなものだとか、そういうのが壁って感じかな?

A:「・・・(ゆっくり頷く)

私:「で、あなたはそういう嫌いなものを克服したいんだよね?
それから逃げている自分がいやなんでしょ?
・・・だったら、一番嫌いなものは何か考えてみよう。いい?」

A:「・・・・・うん。」

私:「何かな??・・・、ん?・・・例えば、『自分」』はどう?」

A:「あ!駄目です。一番嫌いです!!自分なんかいないほうがいいんです!」

私:「じゃあ、もう一度聞くけど、どうして自分が一番嫌いなの?」

A:「だって、目の前の壁から逃げて、ぜんぜん乗り越えようとしないんです。」

私:「だから、あなたの壁は『自分は一番駄目!』って思い込んでる事じゃないの?
・・・そうだよね。じゃ、どうしたらいい?ほら、魔法の言葉があったよね?憶えてる?」

A:「・・・アローハー?」

私:「いやいや、それもいいけど、ほら、あったじゃない・・・・
まず、自分をしっかり自分で抱いて、・・・『私は私がだぁーい好きです』を10回言うんだったよね」

A:「ええ?・・・絶対言えません。だって、一番嫌いなのが、自分なんだから」

私:「そりゃ、本当は嫌いなのが自分だと思ってるけど、でも、あなたはその自分を乗り越えたいと思ってるよね?だったら、一度言ってみたら?」

A:「・・・ええ?でも、言えません。本当は『嫌い』なんだから・・・やっぱり。」

私:「あのね、嫌いと言うものも、本当はあなたは自分のことが好きなんだよ。その好きな自分を『好き』と言えない自分が『嫌い』なんじゃないのかな?どう」

A:「本当は好きで、好きと言えない自分が嫌い???」

私:「そうだよ、きっと。だから、本当ーのあなたは、自分が好きなんだ。毎日、朝に10回言ってみようか?」

A:「・・・ええ?でも、やっぱ駄目です。やっぱり・・・難しすぎます・・・」

私:「難しい?、んー、よっし、分かった。じゃあ聞くよ?
あなたは正直に生きてきた。まったく真面目にそれが一番いいと思って生きてきたね?」

A:「うん、そうです。」

私:「で、その結果、あなたは幸せになった?どう?今の自分は幸せかな?」

A:「!!・・・どうかしら?でも、不幸ではないようにも思うけど・・・」

私:「でも、不幸じゃない私が自殺したいなんて思うかな?」

A:「あ、そうか・・・、でも、こんな自分はやっぱり駄目だし・・・・」

私:「ううん、あなたの『自分は嫌い』というのは、あなたの本心だ。でも、あなたはそうして今まで生きてきて、あまり幸せではないと今は思っているし、乗り越えたいと願っている。だから今、私の前にいる。間違いないね?だから、こうしよう。
あなたの『自分は嫌い』はそのまま置いておく事にしよう。『嫌い』でいい。
それとは別に、今日、あなたに薬を処方します。いいですか?この薬は飲むだけでいいんだよ。
いい?飲んでくれる?薬を飲むくらいは難しくないでしょ?」

A:「うん、多分。飲めると思います。」

私:「よし、じゃあ薬はね、『私は私がだーい好きです』という言葉を毎朝10回言うこと。いやいや、間違っちゃいけないよ。本当は、あなたは『自分が嫌い』なんだよ。私は好きになれとは言ってない。いい?薬を飲めと言ったんだよ。ーこの言葉を言うーという事が薬だよ。もう一回言うよ。

ー自分を好きにならなくていい。ただ、『私は私が、だぁーい好きです』を10回言うー、という薬を処方しますから、飲めますね?」

A:「・・・・・・分かりました。やってみます。」

Aさんは、帰られる時は、『死にたい』と言っておられる姿は、少し軽くなられたように見受けられました。
これは、今日の外来の一こまです。
ちょっと理屈っぽいかもしれませんが、ある意味では冗談のようにこのような軽い会話が奏功する事もあります。
外来へは皆さん本当に心を病んで来られますが、こういう方と出会う度に、本当に真面目に悩んで見えるんだな、と思わずにはおられません。
それを比べて如何に私のいい加減な事。こんな時、私なら「ま!いいか!」と言って、すぐ棒を折るに違いないからです。
実際は、本心の自分と繕った建前の自分は誰の心の中にも存在します。私たちは、時と場合によって上手く分けて使いこなしているだけなんですね。しかし、このAさんはそれが出来ないんですね。その結果、思いのほか自分という存在を極めて細かく観察しています。
きっと、Aさんの生まれ育ってきた価値観と、この本心の自分とのギャップが余りに大きく、それを容認できないという厳しさが、結果として自分を苦しめているのでしょう。

でも、本当にこうして悩んでおいでの方は、思いのほか多いですね。
Aさんがこの状況を真に乗り越えられた時、今の落ち込みが深い分、深く癒され、その癒された分、同じことに悩める人の癒しができる自分へと成長されることでしょう。
この真面目で、正直であるが故に「あ~、そうね。私もそうだっての。分かるよ、その気持ち。」と、本心から言える人になっているのでしょうから。どれだけ多くの人が、それによって救われるのでしょうか。


~静かにAさんに「頑張れ~」ではないエールを送りたいと思います。~