コラム

嬉しいメール

船戸崇史

「涙に思いが溶けている・・・」
過日、本当にそう思える体験をさせて頂きました。
それが、本当に嬉しかったから、今日はそのお話をしましょうね。

小脳梗塞
それは突然襲ってきたといいます。天井がコマのようにぐるぐる回り倒れてしまいました。すぐ救急車を呼び、病院で精密検査をした結果、病名は小脳梗塞。Kさんの苦難の日はそれから始まりました。真っすぐ歩けないのです。すぐよろけて倒れてしまう。Kさんは64才、今までが、何でも人に頼るのが嫌いで、自分でしてきただけあって、人の手を借りないと買物一つ、それどころか歩くことすらできなくなってしまわれたKさんは、どれ程悔しい思いをされたことでしょうか?
せめて、そんな状況の奥さんを文句も言わず毎日連れておいでのご主人こそ、本当に頭の下がる思いであるにも拘らず、Kさんは、思うようにならない体の遣瀬ない気持ちをご主人に当て付けておいででした。
外来にこられるたびに、Kさんはいつも同じ事を言われました。
「情けない。こんな体、死んだ方がいい。治して・・」といって、大粒の涙を流し、外来で大きな声で、ワンワン泣かれるのでした。当初は、私が泣かせている様で、少し慌てました。ちょっとぐらいの慰めではびくともしない。でも、何とか収集しないことには次へすすめない。

私:「Kさんね、わかった、確かにこの病気はなかなか治らない・・・でもね、同じ病気  で全く話も出来ず、今日もベッドで寝たきりの人もいるんだよ。Kさんは、たしかに  辛いと思うけど、お話できるじゃない?ご飯も食べれるし、ちょっとふらつくけど歩  ける。それに、何といっても黙って今日も連れてきてくれる父ちゃんがいるじゃない  ・・?こんなこと普通じゃないよ。あなた、お父ちゃんに『ありがとう』って、言っ  たことあるの?・・・」
Kさん「ふん・・・、これか?(といって、杖でご主人をつつく)・・言っとるよ(小さ  な声で)」
私:「本当かな??じゃあここで言って見せてよ『ありがとう』って」
Kさん「・・・・」
ご主人「こいつ、家で文句ば~かり言っとる。」(笑顔で)
私:「ほら、やっぱり言ってないじゃん?・・・・Kさんね、この病気は中々治らない。  だから泣くのは判る。悲しいもんなあ・・。でも、お父ちゃんがしてくれてる思いや  りは別や。なかなか出来ることやないよ。泣いてもいいけど、ちゃんと、感謝してお  礼は言わなあかん。いいかい、約束や、これから毎日、朝起きたら、お父ちゃんに『  ありがとう』と、必ず言う・・・いいね。・・出来るかな?」
Kさん「・・・・」(一応うなずく)
ご主人「・・・・」(不可能という顔で笑う)

しかし、翌日来ると、また同じ事の繰り返し・・・。でも、私も同じ事を繰り返して言う。・・・その内当初あった重い雰囲気は少しずつ軽くなって行かれました。
涙も減って行きました。
1ヵ月も過ぎた頃からでしょうか、Kさんの眉間のしわが本当に無くなってきました。そして、体重もふえたのかややふくよかになってきたのです。
この頃からは、Kさんは、「しかたない!こんなもんや・・・」と、言えるようになってきたのです。しかも笑顔で。

涙の意味
毎日毎日流した悔し涙。本当にもどかしかったことでしょう。この遣瀬ない気持ちは、どうやって無くなっていったのでしょうか。私は、Kさんの怒りにも似たもどかしさと悲しみが、涙に溶けて体から出ていったとしか思えません。
思えば、私も母を癌で亡くしたときに、曰く言いがたい強烈な悲しみが込み上げて、涙となって流れました。小さい時に、父から言われた言葉「男は泣いたらあかん・・・でもな、親が死んだときは別や・・」と言って、祖母が死んだときに父は泣いていました。だから、私も母が死んだ時、流れる涙をとどめようとはしませんでした。思いっきり泣きました。どこから出るのかと思うほどに涙も出ました。でも不思議なことに、泣き明かすと心が空っぽになって、悲しみが消えているのです。しかし、また思い出をたどるとあふれる。この繰り返しでした。そして、いつしか時の流れのなかに涙は止まりました。
涙の意味。それは、神が与えてくれた恩寵。心の傷を癒してくれる最高のツ-ル。
だから、涙はこらえてはいけません。Kさんのように、悲しみは言葉として吐露し、涙として大いに流すこと。
Kさんは、今も外来に通っておいでです。相変わらず、杖をついてよろめきながら、ご主人を従えています。ただ、今はお二人ともニコニコですが。

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